愛すべきトホホ人図鑑

「こんど教えてください!」

簡潔でテンポの良い文章で様々な複雑さを明らかにする彼の投稿は読んでいて気持ちがよく、「うん、私も考えよう!」という気にさせられるものだった。多くの人がそう思ったのか、ワーッとコメントが付いた。「私はこうしました」「こういう考えもあります」「人それぞれですね」、中でもいちばん目立っていたもの、それは「今度詳しく教えてください!飲みに行きましょう!」的なコメント。たくさんの“教えてコメント”を読んで、(…おいおいおい、こんな複雑な経験談をタダで教えてもらおうって??? 虫が良くない?)と私は思ったのだったが…彼はほぼ全部のコメントに一言のメッセージと「いつでも教えますよ」、という内容のレスをつけていたのである。穏やかな笑顔まで見えるようなその返信に、私はほれぼれした。凡人なら「教えてちゃんかー、めんどくせーな」と思ってしまいそうな内容なのに。

「いいよ、**であったときにね!」

しかしよく見ると、コメントしている人たちも遠慮なくのびのびと「教えて~!」といっている。えっ、いいの? と思ったが、考えてみるとこれは、彼らの普段の人間関係が、頼ったり頼られたりすることが普通というか、そういうことが言い合える間柄なのではないか。普段から情報を交換し合い、いいと思うことをみんなに共有する精神でつながることで、明るい良いコミュニティをつくっているのではないか。「教えて!」「じゃ**で会うときにね」「じゃあ〇〇も呼ぶ?」というような、社交辞令ではない関係。いろんな人生の課題に対して、お互いの情報量を高めあうことを積極的にしていると“教えてチャン”といわれることもなく、健やかなコミュニティが育まれていくのではないだろうか。

これわたし?と思ったら
与えるほどに入ってくる、それが情報
自分で調べることには限界もあるし、角度の違う意見を聞くことはセカンドキャリア世代においてはなにより歓迎しなくてはならないことだ。有益だと思う情報は、周囲にどんどん話してみよう。話すことは自分の知識の整理にもなるし、新しい意見が入ってくるきっかけにもなる。ギブアンドテイクだ、と情報の収支を計算せず、ギブアンドギブの惜しみない精神が集まれば、きっと新しい世界が開くはずだ(大げさ?)。

愛すべきトホホ人図鑑とは

自分のことって自分では意外とわからないもの。「それなりにがんばってきた。成果だってなかなかのもの(周りもそう思ってくれているに違いない…)」。と思っていても、長所と自認するところはちょっと鼻についていたり、短所と思っているところが意外と人に愛されていたり。そこかしこにいる「愛すべきトホホ人」の中に、もしかしたらあなたに似た人がいるかもしれません。違う角度から自分を見つめ、「次のじぶん」への一歩を踏みだすステップを、広く、軽くするきっかけになれば幸いです。

執筆者:ふしみしょうこ
ライター
北海道生まれ東京在住のコピーライター。会社勤めと並行して、ふるさと北海道にまつわるコラムを書いたり、精神的支柱である演劇の界隈で活動、執筆する。人生は劇場であり、いただいたお役を工夫して演じるのが面白さ、という気持ちで生きております。